月曜日
3月09日の先週土曜日、北総線が40周年を迎えたそうだ。

新鎌ヶ谷駅で下りの各駅停車を待っている時、スカイライナーと各駅停車の北総の車両が行違う。

7500系の車両に、丸いものがついていた。
40周年を祝う、ヘッドマーク。
昨日の新聞で、このヘッドマークは、北総線の7500系車両にのみ付けられたものと知り、偶然に驚いた。
40年か。
40年前は、船橋市薬円台の独身寮に、ワシの初めての愛車とともに実習先のひたちなか市(当時の勝田市)から引っ越して来たころ。
同時、千葉ニュータウン中央の高花地区は、ブルトーザーが数多く動き回って造成作業中だった。
40年前は、小室から北初富間だけの開通で、北初富駅で新京成に乗り替えで、松戸までの直通もあった。
勝田に出張するとき、松戸駅の新京成のホームに変わった形の電車が停まっているのを見て、別世界の電車だと思った。
振り返れば、あの電車は7000系のローレル賞を受賞した、いわゆるΣ電車。
その車両は、おそらく西白井駅のホーム南側の退避軌道に、シルバーのシートを被せられている車両だろう。
ワシ、この千葉ニューに越して来たのは、昭和63年の11月。
定期代の高さに、肩身の狭い思いをした。
平成3年に、京成線の高砂駅と接続。当時車庫のあった西白井駅始発の電車で、都内の勤務先に通った。
松戸経由でなく都内直行は、すごく嬉しかったが定期代が半年で20万円を超え、ますます会社に申し訳ない気持ちを抱いた。
息子が松戸市内の高校に通う時、定期代の負担を実感した。なにしろ、通勤費は会社が支給してくれていたので、負担感が無かった。自腹で払うと、あの定期代は脅威だった。
次男は、高校は地元の白井高校を選択し、大学も日大理工学部へ進み、通学は7年間全て自転車で通した。
あいつの自転車は、中学校の頃からずっとベルトドライブを購入した。チェーンドライブよりも、メンテナンスが容易で故障も少なく、ズボンも汚れない。
北総線は、30年前と比べて運行本数も増え、だいぶ便利になった。
でも、千葉ニュータウンが、計画通りに大きくなっていないからか、電車の本数が少ない。
京成線が乗り入れることに依って、いびつな料金体系が是正され、運賃が普通になることを期待したが、それはまだ果たせていない。
新型スカライナーが走った時は、嬉しかったなぁ。
ワシがこの路線を利用できるのは、あと何年あるだろうか。
今日の日常