2012年08月21日

あと2週間早ければ

火曜日
 NHKの「終戦 なぜ早くきめられなかったのか」を見る。
 ヤルタ会談の「密約」は、日本軍に届いていた。
 ドイツ降伏後90日以内にソ連が日本に参戦すれば、その見返りに千島列島をソ連与えるという密約がヤルタで出来ていた。。
 アメリカ大統領トルーマンが、無条件降伏を日本に迫ったのが、20年5月。
 昭和20年6月に、日本陸軍・海軍とも、7月末に無条件降伏を受け入れなければ、ソ連参戦があることを把握していた。
 ソ連の突然の中立条約破棄と満州侵攻は、不意打ちでは無かった。
 外務省は、陸軍・海軍の情報を無視。
 6月頃から、終戦工作をしていた、今で云ったら超党派の6者協議があった。
 ところが、その会議の席上では、日本の当時のエリート達は何も決められなかった。
 内閣と外務省は、その「ヤルタの密約」を知らなかった。
 外務省はソ連参戦の情報を、クズ情報として黙殺した。
 外務省は全ての情報を把握しているという自負が、過信があった。
 それが、情報の軽視につながった。
 岡本行夫氏が、その姿勢を批判していた。

 2週間早く7月31日に降伏していたら、広島・長崎の原爆投下も無く、ソ連参戦も無かった。
 ソ連参戦が無ければ、ソ連抑留も北方領土問題も、無かった。

 それを妨げた軍の思想は、本土決戦で一撃を加えてから、条件を有利にして和平交渉に臨むというもの。
 でも、その前提はソ連参戦が無いことだった。

 敗北は、歴然としていた。にも拘らず、それが言えない。
 日本は、会議で何も決められない。
 議事録もロクに取らない。

 あの放送で、正直に腹がっ立ったのは、外務省の官僚が「終戦で押し通した」と笑いながら言ったことだ。
 現実をごまかし、ずっと日本の現実と異なるイメージを国民に植え付け、国際感覚を麻痺させた。


 情報を共有できず、現状を把握できずにいつまでもずるずると方針変更が出来ず、問題を先送りして最悪の状況に陥って行く。
 昨年の福島原発の事故処理、国家財政の健全化、領土問題、全く同じように見える。


【 昨夜から朝 】
 久しぶりに、TV朝日の「TVタックル」を見て、呆れる。
 ビデオを見ながら、11時半頃眠り込む。
 4時半頃起床。睡眠時間、推定5時間。


【 昼 】
 昼食は、暑かったので居酒屋さんのお弁当。


【 夜 】
 神田の地下のお店で、しこたま飲む。 
 帰宅途中、新京成でうっかり電車をみおくり、新鎌ヶ谷で20分待つ。

 
posted by 野内 悟 at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 言いたい放題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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