2025年11月30日

読み物

日曜日
 4時頃の気温、6.5℃。
 中山裕次郎作の小説「泣くな研修医」にハマっている。
 今週月曜に、4巻までを読み終え、1巻から読み直して昨日4巻まで読み終えた。
 真面目でちょっと不器用な鹿児島生まれの研修医の外科医が、医師としての技量を磨きながらいろいろな体験を重ねて、成長していく物語。
 がん患者や事故で内臓に怪我を負った人たちと真摯に向き合い、実に濃密に患者とかかわって行く主人公。
 手術後経過が良好に推移して歓びを分かち合うことや、経過が悪く亡くなって行く人を看取って行くときの悲しみが、胸をつく。
 朝の通勤時に読んでいると、つい涙を堪えられなくなる。
 主人公の生家が鹿児島という設定で鹿児島の描写がリアルなので、作者は鹿児島出身なのかと思ったら、東京生まれで鹿児島大卒。
 主人公は殆ど毎日病院で寝泊まりし、その病院の外科医は常に昼夜を問わず緊急で呼び出され、休まる時間など無い。
 作者は現役の医師だから、実態がそうなのだろうか。
 だとしたら、医師の肉体的精神的負担は、とても激しいものだ。
 
 1〜4巻で物語は一区切りがついたように思えたので、火曜日1巻から読み直した。

 6月頃から読む小説が、医療関連のモノが多くなった。
 
 これも歳のせい?
 
 小説やTVドラマの中で、看取りのシーンがある。
 親父が亡くなった時のことを思い出す。
 7月の早朝だった。
 親父は、がんの末期で、5月のGW頃に検査入院してそのまま、入院となり医師から家族に状況が伝えられた。
 がんで今で言えば、ステージ4で治療の見込みは無い。
 まだ独身だったワシは、6月になって今の奥方を連れて病院に行き、『嫁だ』と親父に紹介した。
 61歳だった親父のがんの進行は早く、日に日に弱って行った。
 7月になると、毎週末実家を往復した。
 亡くなる3日前から、ずっと病院に泊っていた。
 亡くなったのは、早朝。そのとき、人工呼吸器は着けていなかったと記憶している。
 いろんなチューブがつながれていて、呼吸音がゼイゼイと苦しそうだった。
 7月の下旬だったから、夜が明けて明るくなった頃、ふっと呼吸音が軽くなった。
 息を引き取った瞬間だった。
 お袋を起こしてそのことを伝え、伯父に病院内の公衆電話で連絡した。50年近く前だったから、携帯電話など無かった。
 あの時ワシは、『呼吸が止まりました』としか言えなかった。
 『息を引き取りました』とか『亡くなりました』と、云うべきだったと今でも思う。
 冷静じゃなかったんだ。
 不思議に悲しくは無かった。死ぬのは判っていたから、ああついに来たかと思っただけだったかな。


【 昨夜から朝 】
 20時頃から、Youtubeで新兵器に関する動画を観る。
 幾つかあったが、全て日本が画期的な兵器を秘密裏に開発し、中国とロシアから一方的に戦闘行為を仕掛けられ、その圧倒的な数に通常戦力で対処不可能となり、止む終えず新兵器の投入を決意。驚愕の威力で侵略戦力を排除するというストーリー。
 22時頃、就寝。
 3時頃起床。睡眠時間、推定4時間。
 4時頃朝食。
 8時からNHK−BSで「どんど晴れ」、9時半からT−Verでテレ東「コーチ」を見る。
 10時20分頃、ファミマではがきを購入。
 10時半頃からU−Nextで「まどか研修医やってます」を見る。
 11時半頃から、昼食に味の素のパスタキューブを使って、スパゲティを作る。
 具は、ニンニク・玉ねぎ・ピーマンとベーコン。味付けに、醤油をちょい足し。
 

【 昼 】
 11時50分頃から昼食。
 13時からBS−TBS「噂の東京マガジン」。
 14時からビデオでBS朝日11月15日の「ビフォア・アフター」2014年放送を見る。
 ゲストで出ていた川口春奈さんは、当時19歳。まだまだ可愛いい。
 あのリフォームは、見事だ。 
 15時半頃、駅前のスーパーへお酒を買いに往復。
 16時20分頃からBS朝日「ビフォア・アフター」を見る。


【 夜 】
posted by 野内 悟 at 18:55| Comment(2) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いい話でした!
自分の母親の時を思い出しました。
Posted by 武政邦男 at 2025年12月02日 10:01
恐縮です。
Posted by 野内 at 2025年12月03日 20:07
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