朝から泣き出しそうな空から雨がぽつりぽつりと落ちてきた。 江戸川堤の松戸・金町・小岩・市川を巡る新京成健康ハイキングには『不参加』を決め込んだ。
散歩に出れないこんな日は、既に2週間前になった印旛沼の風土記の丘への道へ思いをめぐらすとする。
本埜村役場を過ぎて、冬の間は白鳥のやってくる小学校の前の田圃へ来た時、丁度昼休みの終わる頃らしく校内放送が聞こえた。
まず英語で次に日本語で、ビックリした。
4月28日にして、既に殆ど田植えが終わっている。
平らな水田が広がるこの様子は、故郷の新潟平野をほうふつとさせる。
この先南へ進路を取り外甚兵衛沼を見ようと思ったのだが南へ行きすぎ、田圃の中の道を行ったり来たりして水路の堤に沿って歩いてもなかなか東へ渡る橋が無くて、遠回りをしてしまった。
そもそもこの酒直水門へ、なぜか印旛沼側からたどり着いている。さっきの田圃から直線距離で3kmしかないのに、約1時間も費やした。
地図と実際の地形に差があり、途中で場所を見失ったためである。
水門を渡ると、道に迷うことも無く成田線の踏み切りを超え、14時55分風土記の丘到着。
あちこちに八重桜が咲いていた。
平日の午後のため、歩いている人もまばら。
遊歩道から見える印旛沼は、大きく感じる。
古墳が築かれたころ、印旛沼はもっと大きかったはず。
時間に余裕があれば、大和の湯で露天風呂にでも入って、印旛沼の向こうの夕日でも楽しみたかったが、そそくさと下総松崎駅へ向かい、約36kmの歩きは終了。
G/Wの連休の初日、いい一日を過ごせた。
印旛沼の田圃の中で、約30分のロスが大変に悔しい。
あの1日で一挙に日焼けし、腕にくっきりと跡が残った。この10日頃には、腕は日焼けした皮膚が一皮むけた。
それを思うと、今日はシトシトと冷たい雨の降る、肌寒い一日。
午後は、五香のXAXでへろへろに
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